2014年06月11日

EXPLORERからGOOGLEに替えて復活

6月の署名集めは21日(土)3:00〜緑園都市駅前です。

 福井地裁判決<豊かな国土に国民が根をおろして生活している事が国富>に胸を打たれました。
 これについての竹内修一さん(上智大倫理神学)のコメントが素晴らしい。感動したので載せます。

「いのちとはある人の生きがい、ライフワーク、哲学さらには生きることの意義そのものまでも含んでいる。国富とはまさに人と風土との関係。判決は人間も自然の一部ととらえており、いのちの連帯性を見つめている。いのちの営みがどれだけ広く深いかを謙虚にわきまえないと功利優先、経済優先に流されてしまう。」

「細胞からみれば人の細胞は10年で入れ替わり、10年後には今の自分はいなくなるが、今も10年前も同じ自分であることの根拠は連帯性のうちにある。一つ一つのいのちは孤立したものではない。…時計の良さは正確に時を諮ること、ペンの良さはきちんと書けること。物にそのような良さがあるなら。人間にもあるはず。一人ひとりの良さはそれぞれ異なり、そこに一人ひとりの生きる意義がある。多様性を受け入れ、互いに支え合い、仕え合ってしあわせに招かれる。」

「今の憲法はかつて日本がもたらした戦禍について、世界に向けての謝罪であり、その表明。私たちの現在の生活は過去からの延長線上にあり、戦争で亡くなった方々も含まれる。だから、今、私達に直接的な責任はなくとも過去の戦争と無関係であるとはいえない。」

「人格的=パーソナル⇒ラテン語のペルソナ、ペルソナーレでペルソナーレとは「響き合う・反響する」という意味。人間は互いに響き合って初めて人間。だから、福島・戦争も他人ごとではない。」

「言葉は互いにいのちの交換にとってはなくてはならない。心の中にどのような言葉を持っているか、それによってその人の人間としてのあり方が決まる。」
                                SUGA





posted by reikon at 11:27| Comment(0) | 日記
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